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人生どうでも飯田橋

コンパートメントNo.6

 京都の出町座で『コンパートメントNo.6』"Hytti nro 6/Compartment Number 6"を見てきた。日本では今年の2月に公開された映画で、もともと興味があったが、なんだかんだ結局5月になってしまった。京都のミニシアターは学生だと1000円で見られるので京都で見ようと思っていたというのもある。京都という街はあまり好きではなかったけど、やはり大学生として暮らしていると、大学生にとってはとても生活しやすい空間であると痛感する。

 「コンパートメントNo.6」はフィンランドのユホ・クオスマネンJuho Kuosmanen監督の第2作。2021カンヌ国際映画祭 グランプリ受賞したらしい。巨匠カウリスマキKaurismäkiとも比べられるらしい、まあカウリスマキ監督あんま知らん(レニングラードカウボーイズは大好き)し、フィンランドだから安易にそう言ってるだけちゃうという気もするが。

 舞台は1990年代、ソ連崩壊直後のロシア。主人公ラウラ(Seidi Haarla)はフィンランドから留学し、モスクワの大学で考古学を学ぶ留学生。彼女はモスクワの恋人イリーナ(Dinara Drukarova)のもとで暮らしている。つまり彼女はレズビアンなのだが、冒頭のイリーナ家でのパーティはそのことを隠して友人と言っている。イリーナは文学の教授なので、パーティはハイソサエティーな感じであったが、ラウラに対する参加者の視線は冷たく(彼女は「下宿人」と呼ばれていた)、とても居心地悪そうであった。パーティの翌日、本当はイリーナとラウラはペトログリフという古代の岩面彫刻を見に行くため、北極圏のムルマンスクまで寝台列車で2人旅をする予定だったが、イリーナはいけなくなってしまった。あまり周囲に馴染めてないラウラからしたら、イリーナとの2に旅は相当楽しみだったに違いないし、1人では気乗りはしないがペトログリフを見るために旅をスタートする。

 モスクワから乗った寝台列車の同室(これがコンパートメントNo.6)の男は粗野で不器用なスキンヘッドのロシア人労働者、リョーハ(Yuri Borisov)。コイツがほんまに感じが悪くて最悪の出会い。まず食べ方が汚いし、ウォッカをがぶ飲みしている。フィンランド人のラウラに対して、いかにロシアがすごい国であるかを語ったあとフィンランド語を馬鹿にし、あげくに「お前は売春婦か?」とか聞いてくる。「愛してる」のフィンランド語を聞かれたラウラは「ハイスタ・ヴィットゥ」(英語でFxxx you)と教えて、せめてもの抵抗。リョーハは大喜び。何も知らずに「ハイスタ・ヴィットゥ」を連呼してる。こんな部屋にはもういられないと外に飛び出し、トイレに駆け込む。ちなみにトイレから外を眺めるシーンがポスターになってる。とてもロマンチックな車窓のシーンかと思いきや全然そんなことはない。そして部屋を変えてもらうように車掌に頼んでも、断られる。結局リョーハと2人きりで一晩車内で過ごしたあと、翌朝列車はサンクトペテルブルグに到着。もうモスクワに引き返そうと駅で降りて、公衆電話でイリーナに連絡を取るも、向こうはあまりこちらに構ってる余裕はない様子で、流石に引き返すわけにはいくまいと思い直し列車に戻る。

 しかし丸2日同じ空間にいると喋らざるを得なくなっていき、ラウラのリョーハに対する気持ちが少しずつ変化していく。不器用ながらもラウラに起こる不幸を慰めたり、トラブルで助けてくれたり。サンクトペテルブルクからムルマンスクまでの途中ペトロザボーツク駅で一晩停車する時、ラウラはリョーハに誘われて老婦人に会いに行く。この老婦人との酒盛りのシーンが1番良かった。リョーハは先に寝てしまい、2人で長い酒盛りが始まる。2人の会話は大盛り上がり。長旅中ずっとフラストレーションが溜まっていたラウラにとって、久々に解放される最高のひとときであった。「自分の心の声を信じること」と話す。この酒宴を機に、ラウラはとてもポジティブになり、リョーハとも打ち解けるようになっていった。

 最後、ムルマンスクに着いた後のペトログリフを見に行く大自然ののラストシーンは最高だった。あんな北極圏で吹雪いてるのによく雪遊びなんてできるな。さすがフィンランド人とロシア人。そしてラストのシーンがとても好き。寂しくてたまならないのに最後の最後でふふっと口元が緩むシーン。たまらなかった。

 

 ロードムービー(トレインムービー?)ではあるが、豊かな自然風景みたいなものは少ない。ロシアの北部ともなれば当然なのだが。むしろ電車内の緊迫感が伝わってきた。あの外国を旅している時の長距離移動中の独特の緊張感が懐かしかった。普段日本で暮らしていると、特に東京では、いい意味でも悪い意味でもみんな放っておいてくれる。知らん人と関わることはほとんどない。だけど、海外旅行に行くとそうはいかない。本当によく絡まれるし、盗人もいれば、勝手に入っちゃいけないところに貧しい子連れもいる。車掌はめちゃくちゃ無愛想だ。でも話せば優しくしてくれる。そんな緊張しつつも楽しい、あの旅路をまた味わいたい。

 

 これが制作されたのは2021年、ロシアがウクライナに侵攻する直前である。ウクライナ侵攻はコロナもやっと落ち着いてこういう旅もできるようになってくるのかなと思った矢先の出来事で、現在もそれは続く。ロシアの大地を走る寝台列車に乗るなんてことは、まだできそうにもない。リョーハは粗野で不条理だけど、すごいいいやつだし、大好きだ。一方で、プーチンが大統領になるのはこの舞台の少し後だけど、彼はずっとプーチンを支持している、そしてウクライナ侵攻も支持しているんだろうなとも思った。戦争を肯定してしまうこともある(勝手な妄想だが)。逆に状況とか運がよければ、レズビアンを打ち明けたフィンランド人の女性とも仲良くなれる。人ってそうなんだよな。だからどうということもないけど。